03


軍議が開かれた日から城内は慌ただしく、どこかピリピリとした雰囲気に包まれていた。

そんな中、遊士は障子を開け放ち、自室でいつもと変わらぬ様子で愛刀皇龍の手入れをしていた。

「よしっ」

最後に油塗紙を刀に滑らせて、外していた柄に刀を合わせ填める。

使った道具を端に避け、ヒュッと上から軽く振ってその輝きを確かめた。

そして、二振りとも鞘に納めると腰に差し、遊士は立ち上がった。

「彰吾!ちょっと付き合ってくれ」

草履を履きながら遊士は隣の部屋へと声をかける。

すると直ぐに障子が開いて彰吾が顔を出した。

「手合わせですか?」

遊士の元に刀の手入れ道具一式を持っていった彰吾は、そろそろだろうと自分の刀を一振り携えて部屋から出て来た。

「軽くな。打ち合う程度でいい」

刀を鞘から抜き、左右一振りずつ、二刀流の構えをとる。

彰吾も遊士に合わせて構えた。

ギィンと刀がぶつかり合う独特の音を響かせて何度か打ち合う。

「どうです?」

「hum、悪くねぇな。Thanks彰吾」

スッと刀を引き鞘に戻す。

「いいえ」

彰吾は首を横に振り、どうってことはないと態度で表すと刀を鞘に納めた。

「それより、そろそろ一息入れましょう」

「そうだな」

そう言うことは女中に頼むと良い、と政宗に言われていたが彰吾は悪いと遠慮して自ら茶を入れに厨(くりや)に向かう。

その背を遊士は濡れ縁に腰掛け苦笑して見送った。

「生真面目過ぎんのも考えもんだな…」

あーぁ、今日も天気良いなぁ、と両手を後ろについて遊士は眩しそうに空を見上げた。

そして、厨に足を踏み入れた彰吾は捕まった。

「あら、彰吾様!?言ってくだされば私共がやりますのに」

「そうですよ。一声かけてくだされば…」

度々訪れる彰吾は女中達の間では有名になりつつあった。

「いや、これぐらい。貴女方も色々仕事があるだろうし、邪魔したら悪いからな」

それだけでなく、ふと見せる相手を気遣う柔らかな笑みと、遊士も絶賛した大人っぽく落ち着いた雰囲気と容姿が実は女中の間で密かに人気になっていた。

「そっ、そんなことありませぬ!」

「では、次の時にでも」

お盆に湯飲みと茶菓子を乗せ、うっすら頬を染めて慌てる女中をするりとかわし彰吾は厨を出た。

その後ろできゃあきゃあと女中達が囁き合っていたのを彰吾は知らない。

「はぁ〜、彰吾様ってば格好良い…」

「遊士様に仕えてらっしゃるのでしょう?」

「えぇ。なんでも政宗様の大切なお客人とか」

「あっ、遊士様と言えばこの間風に飛ばされてしまった手拭いを拾って下さって…」

その時だけ厨を戦前とはまた違った空気が取り巻いていた。

「よぉ、彰吾」

「政宗様」

「また自分でやってんのか?」

廊下で遭遇した政宗は彰吾の手にある盆を見て苦笑を浮かべた。

それには彰吾も返す言葉なく同じ様に苦笑を浮かべて癖なんです、と笑った。

「ところで何か遊士様に用事でも?」

方向的にそうだろうな、と思い彰吾は聞いた。

「いや、遊士じゃなくてお前に用があってな」

「俺にですか?」

特にこれといって心当たりのない彰吾は首を傾げた。

直ぐに済む、と政宗に近くの空き室に連れていかれ、彰吾は真剣な表情をした政宗と顔を突き合わせる事となった。

いったい何だろう、と考えを巡らせながら彰吾は言葉を待った。

「戦の前に一つ確認しておきたい事があってな。本当なら待つつもりだったが…」

政宗は一度言葉を切り、彰吾を見据えると口を開いた。

「遊士の右目、ありゃ見えてねぇな?」

「…はい。いつ、お気付きに?」

そんな素振りは一度も見せていないし、遊士様も特別変わった事などしていないはず。

「気付いたのは遊士と仕合った時だ。確信したのはその後」

「その分だと小十郎殿も気付いているのでしょうね」

遊士様の右目は生まれつきで、別に隠していたわけではない。ただ、その右目には忌まわしい過去がつき纏っている。

「小十郎も口にはしねぇが気付いてる。長年俺の側にいるからな、些細な事で見抜いたんだろ」

「そうですか」

「あぁ。それで一つ言っておこうと思ってな」

彰吾は静かに頷いて先を促した。

「お前、戦場であまり遊士の右に立つな。遊士は俺と違って見ためだけじゃわからねぇ。わざわざ敵に弱点を見せるな」

日常において、彰吾は遊士の右に立つ事が多い。

そう言われて彰吾は政宗が確信を持った理由に考え至った。

「俺、そんなにあからさまでした?」

体に染み付いている動きなのだろう、それは彰吾にとって自然な事だった。

「あからさまってわけじゃねぇが観察眼に長けた奴なら分かるだろうな」

徐々に直していけばいいと思うが、一応心に留めておけ。

そう話を畳むと政宗は、冷めない内に持っていってやれよ、と言って部屋を出て行った。

彰吾は政宗の忠告をしっかりと心に留め、お盆を持って、先で待つ遊士の元へ歩みを再開させた。

「お帰り彰吾。今日の茶菓子は何だった?」

声をかける前に遊士が空を見上げたまま口を開いた。

「今日はずんだ餅です。どうぞ」

遊士の横にお盆から下ろした茶菓子とお茶を置く。

「Thanks。一緒に食べようぜ」

そう誘われて彰吾は遊士の左側に腰を下ろした。



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